勤務医が共同被告になる医療訴訟が急増中!医師賠償責任保険の重要性について

手術や診断のミスなどの様々な医療事故で、医師や医療機関が損害賠償を請求されるケースが増えています。医療行為は常に不確実性が伴うものですし、一瞬の判断が要求される命の最前線において、ミスを完全にゼロにすることはできません。患者・家族の主張が認められ、支払いを命じられた賠償金が高額の場合、医療機関の経営が揺らぎかねません。

損害賠償の金額は上昇の一途

そこで、医師や医療機関の多くは、万が一に備えて「賠償責任保険」に入っています。代表的なのは、日本医師会が大手損保4社と契約している「日本医師会医師賠償責任保険」です。同会の会員である開業医・勤務医・研修医が加入することができます(開業医は自動的に加入)。

保険の対象は、医療行為の過失によって生じた障害や死亡です。支払い限度は1億円ですが、100万円以下の事故は免責なので、保険金は出ません。病院・診療所や法人の場合は、病院団体や保険医協会などが扱っている「病院賠償責任保険」があります。これは、医師の過失だけでなく、看護や介護の際の転落・転倒、施設の不備による負傷などもカバーされます。

ここで気をつけたいのは、勤務医の場合です。「万が一の場合でも、勤務先の病院賠償責任保険でカバーされる」と考えて、医師賠償責任保険に加入していない勤務医は未だに多く、40代以降のベテラン医師の半分は未加入と推定されています。

たしかに、勤務医の過失は民法の「使用者責任」の規定で、事業主である医療機関側に賠償請求するのが一般的ですが、近年は勤務医も共同被告として訴訟に加えられるケースが急増しており、その確率は約50%(10年前の5倍)となっています。

この背景には、医療事故→医療機関の患者数が激減→経営破綻となった場合、原告である患者やその遺族は仮に勝訴となっても、当初予定していた賠償金を受け取ることができないケースが多いため、勤務医も連名で訴えることで、確実に賠償金を得たいという事情があります。

また、要求される賠償金が高額となるケースも多く、保険の掛け金を抑えていることが多い中小の病院の場合、保険でカバーしきれないということもあります。医師賠償責任保険に未加入の勤務医が共同被告となっている場合、当然、その差額は自腹で支払うことになります。

訴訟大国のアメリカでは、医師1人が支払う年間の保険料が1000万円を超えることが当たり前になっています。それと比べるとまだまだ差はありますが、今や日本でも診療科を問わず、保険への加入は必須といっても過言ではありません。

厚生労働省が実施した調査では、研修医の医師賠償責任保険への加入についても、「病院の負担で加入」、「個人の負担で強制加入」、「保険を紹介し、任意加入」のいずれかとしている病院は、臨床研修病院の約85%、大学病院の約99%となっています。また臨床研修病院の管理者は、研修医の募集時に「研修医の処遇に関する事項」の公表義務がありますが、そのなかには医師賠償責任保険に関する事項も含まれています。

訴訟が多い診療科は内科、外科、整形外科、産婦人科

医療訴訟は1990年代後半か徐々に増え始め、2000年代に入るとさらに急増し、その傾向は2004年まで続きました。具体的には、1994年には506件だった訴訟件数は、10年後の2004年には1,110件と倍増しました。

外科系の訴訟リスクが高い

この期間に訴訟件数が急増した背景には、@手術患者を取り違えた「横浜市立大病院事件(1999年)」と注射器を取り違えた「都立広尾病院事件(1999年)」によって、医療に対する信頼感が失われた結果、疑問の残る診察・治療については医師の過失を疑い、医療訴訟に訴えるケースの増加を助長したこと、A患者の権利意識の高まりによって、自身が受けた診療の詳細に関心を持つ人が増えた―という2点が挙げられます。

ただ、医療訴訟は2005年以降、やや減少傾向にあります。その理由としては、多くの医療機関の間に、@医療ミスや診療に関する患者との認識の違いを減らそうと努力する、A医療事故の際に院内に調査機関を立ち上げて、原因究明に取り組む、B患者に診察の方針や経緯を詳しく説明したり、カルテに診療内容を詳細に書いておくこと―などが浸透したため、「これは酷い」と感じるような医療事故が減ったこと。それにより、訴訟前に示談になるケースが増えたことなどが考えられます。

また、以前は「福島県立大野病院事件」のように、医療側が「なぜこれで訴えられるのか」という理不尽なケースが多く見られましたが、近年は患者側の弁護士もカルテを精査したり、公正中立の立場である第三者の医師に意見を求めるなど、医療の実情を勘案することが増えてきたことも、一因として挙げられるでしょう。

その一方で日本医療機能評価機構が公表しているデータを見てみると、医療事故の報告件数は、2005年度に1,265件だったのが、2012年度では2,882件と、8年間で2倍以上も増加しています。

さらに、過去20年で弁護士が急増(1.8倍)したことに伴い、医療知識に乏しいといわざるを得ない弁護士が、医療訴訟を引き受けるケースも目立ち始めています。その結果、的外れな論点が設定されたまま、不毛な議論が延々と続くことも少なからずあり、医師としては決して楽観できる状況ではありません。

以下の数字は、過去5年間の診療科目別に見た訴訟件数の推移です。内科、外科の数字が目立ちますが、訴訟リスクが最も高いのは産婦人科となっており、内科の4倍(=医師1000人あたり12件)となっています。産婦人科については、医療ミスの有無に関係なく、分娩による高度脳性麻痺の補償を行う産科医療補償制度が開始されました。これにより訴訟にまで発展するケースがどの程度減るのかが注目されています。

診療科目 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年
内科 256 246 228 229 237 181 164
小児科 33 36 22 22 22 19 22
精神科(神経科) 32 25 30 33 29 30 33
皮膚科 19 11 9 10 17 7 6
外科 188 170 180 165 147 123 145
整形・形成外科 139 137 126 124 129 127 123
泌尿器科 24 26 18 22 9 15 18
産婦人科 161 108 99 84 89 82 58
眼科 28 30 27 23 24 22 34
耳鼻咽喉科 23 14 19 19 28 9 19
麻酔科 10 7 8 4 6 8 9

医療訴訟の平均審理期間は25.2ヶ月(最高裁データ)

医師の診療行為の結果、家族が亡くなったり、重い後遺症が残ったりして、医療機関側の説明に納得できない場合、何が起きたのかを知りたい、ミスはなかったのか、患者側が思うのは自然なことです。

裁判は長期化の傾向

医療機関が非を認め、誠実に対応すれば、その多くは示談や調停で解決しますが、そうでなければ、患者側の選択肢は通常、損害賠償を求めて民事訴訟を起こすか、泣き寝入りするかのどちらかとなります。賠償金云々より、真相を解明するには民事訴訟しか手段が残されていないわけです。

医療側の対応が悪く、怒りが強ければ、警察や検察への「刑事告訴」もできますが、医療過誤が明確である必要があります。

民事裁判は「審理期間が長い」というイメージがありますが、最高裁判所が公開しているデータによると、2009年に地裁・簡裁の1審で結論が出た医療訴訟の平均審理期間は25.2ヶ月となっています。地裁では半数以上が2年以内に終わっています。

裁判所は、鑑定の専門家を増員したり、東京や大阪など10地裁に「医療集中部」を新設して迅速化を進めた結果、審理期間は以前に比べて随分と短くなってきました。それでも全民事訴訟の平均の3倍以上の期間を要しており、どちらかが控訴する割合も37%と、全民事訴訟の平均(15%)よりもかなり高く、高裁でも半年〜1年かかる場合が最も多くなっています。とはいえ、5年、10年も費やす事例は滅多にありません。

裁判の結果として最も多いのは「和解」で、2009年は地裁一審の結果の51%を占めています。和解が多い背景には、加害者にある程度の悪意があることが自明で判決が出しやすい一般の民事訴訟と違い、医療訴訟は善意の行為によって起きた障害について争うため、争点が難しいという特殊な事情があります。地裁一審で判決になった中で、原告の勝訴率(未確定も含む)は25%です。全民事訴訟の85%という数字と比べると格段に低いことが分かります。

医療過誤で医師が追求される法的責任には3つの種類があります

医療過誤を起こしてしまった場合、新聞やテレビ等のマスコミで大きく報道されます。開業医ならば、クリニックの評判は一気に地に落ちますので、閉鎖を余儀なくされることもあります。

患者や家族に償うだけではいけません

医師としては、世間からの非難は大変つらいものがありますが、これはあくまでも「社会的責任」の追求であって、法的には民事責任、刑事責任、行政責任が問われることになります。

民事責任:民事上の損害賠償責任のことです。責任を果たすためには、必ずしも訴訟判決を経る必要はなく、当事者間で話し合いの場を持ち処理することもできます。

法的性質には、「債務履行責任」と「不法行為責任」があります。ひとつめの債務不履行責任とは、債務者が契約によって課せられた義務を全うしないために発生する責任のことです。医療過誤の場合、診療契約によって、医療施設の開設者が患者に負う債務を履行しなかったことになります。

この責任は、契約当事者間(医療施設の開設者と患者)にしか発生しませんので、医療機関に雇用される医師は、患者に対してこの責任を直接負いません。

もうひとつの不法行為責任は、過失によって違法な行為を行って他人に損害を発生させたことにより生じる責任です。原則として、金銭による損害賠償となりますが、契約関係は必要としないので、先に述べた債務不履行責任とは異なり、医療に携わった現場の医師も責任を負うことになります。

実際の医療過誤をめぐる訴訟では、この債務不履行責任と不法行為責任の一方または両方が追求される可能性があるため、@医療機関の開設者だけが被告となるケース、A開設者と医療従事者(医師・看護師等)、B医療従事者だけが被告になる3つのケースが考えられます。TOPページでも触れたのですが、近年の訴訟傾向としては、患者側が賠償金の満額を確実に受け取るために、医療機関の開設者に加えて、勤務医も共同被告として訴えるケースが増えてきています

刑事責任:刑罰法規に規定されている犯罪を行ったため、刑罰を課せられる責任です。ここでは刑法211条1項前段で規定されている「業務上過失致死罪」が問題となりますが、医療過誤では、よほど悪質でない限り、刑事裁判になることはありませんし、そこまで発展したとしても、罰金刑か執行猶予が言い渡されるケースががほとんどです。

なお、手術の際に産婦を死亡させたとして、産科医が業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕された「福島県立大野病院事件」が有名ですが、この事件では逮捕自体に大きな疑問があるというのが医療側の一貫したコンセンサスとなっており、実際に産科医は無罪が確定しています(2008年)。

行政責任:自動車事故を起こしたドライバーが免停・取り消しなどの行政責任を負うことがありますが、医療過誤の場合も同様に医師は行政責任が追及されることがあります。医師法では、@罰金以上の刑を課せられた場合、A医事に関して犯罪、不正行為があった場合、B医師の品位を損ねた場合、のいずれかに該当した場合、厚生労働大臣が「戒告」「3年以内の医業停止」「免許の取り消し」の処分を行なうことができる旨が規定されています。

ただし、処分の一切を厚生労働大臣が独断で行えるということではなく、医師法では、諮問機関である「医道審議会」の意見を聴いてから、処分を行うこととしています。また、処分を受ける医療側には弁明の機会が与えられています。

なお、刑事責任に問われたからといって、必ずしも行政処分に該当するというわけではありません。逆に、刑事責任に問われなかったとしても、行政責任を問われたケースもあります。

医師の過失、因果関係、損害の3つが、損害賠償責任の発生要件となります

医療事故が起こって、患者が被害を受けた場合、それによってすぐに医師と病院側に損害賠償の責任が発生するわけではありません。

医療事故が起こって、患者が被害を受けた場合、それによってすぐに医師と病院側に損害賠償の責任が発生するわけではありません。

一般に医療事故の場合に根拠となるのは、医療契約の不履行、医師の不法行為です。そして、その両者で共通して損害賠償責任を発生させる要件が、@医師の過失、A因果関係、B損害の3つです。

医師の過失…過失とは、課せられた注意義務を違反すると認められます。したがって、医師が注意義務を果たしたにも関わらず医療事故が起きてしまった場合には、損害賠償請求は認められません。ただし、医師の注意義務は生命に直結するため、「高度」の注意義務が要求されます。

因果関係…医師の過失と悪しき結果(患者の死亡など)の間に「原因と結果の関係(因果関係)」が認められなければ、損害賠償責任は発生しません。例えば、救急車で運ばれてきた患者に手術を行った際、医師がミスをして手術後に患者が亡くなったとしても、病院に到着した時点で既に手遅れだったと判明した場合には、医師の過失と患者の死亡には因果関係は存在しないことになります。

因果関係は、医師が適切な行為を行っても、患者が助かっていたか微妙なケースが問題となりやすく(ex:がん)、患者の死亡との因果関係を認定するのが困難なケースが多いようです。そこで近年では、患者側への救済策として、患者の死亡を結果とするのではなく、患者の「期待権の侵害」や「延命利益の損失」などを結果と見なし、この点を解決しようという傾向が強くなってきています。

損害…医療事故が起きても、その損害の額が証明されない限り、損害賠償は認められません。損害賠償が金銭によって賠償を求めるものなので、損害も、患者の死亡や手足の麻痺といった事実そのものではなく、その事実を金銭的に評価したものであるとされています。

例えば、患者が死亡した場合、その患者が死亡せずに働き続けていたならば得ていたであろう給料などが損害として評価されます(財産的な損害)。では、片足の軽度の麻痺など、仕事に支障をきたすことがほとんどなく、収入に影響がないと考えられる場合はどうでしょうか? このような場合に損害は発生していないと判断するのは、患者に酷なので、障害の程度に応じて定型的に「労働能力の喪失」を損害として認める運用がなされています。

また、損害には精神的な損害も含まれますが(慰謝料)、そのの程度を金銭的に評価すること困難であるといえます。そこで、先例の蓄積から、請求して認められる慰謝料の額はだいたい決まっています。

医師の過失割合は点数化・記録され、海外留学などの査定時に参照されます

不幸にして医療事故が起き、医療訴訟を経た結果、患者側へ賠償金の支払いを命じられた場合、保険会社から病院側に保険金(賠償金)が支払われて一応の結着となります。しかし、勤務医の皆さんには注意しなければならない点が残されています。それは医師と病院の双方の「過失割合」を決める手続きです。

医師と病院の責任の割合を決定

判決では、「患者側に賠償金8,000万円を支払うこと」という大枠しか述べられていませんが、その8,000万円を医師と病院がどれくらい負担しあうかを決めるわけです。このプロセスでは、保険会社が過去の実績を参考にして、医師と病院にどれだけの過失があったかの査定を行います。

トップページで少し触れましたように、近年は賠償金の全てを病院の保険で負担するケースは減少していますので、勤務医にどれくらいの責任があったのかを決めなくてはなりません。「医師賠償責任保険に入っていれば、金銭的な負担は生じないから問題ないのでは?」と思われるかもしれませんが、医師の過失割合は点数化されて記録が残り、海外への留学や国内で転職活動を行う際に、「過去10年の事故履歴と過失割合」を細かく訊かれるなど、医師を評価する重要なポイントと見なされるのです。

しかしながら、国内では日本医師会を除けば、この過失割合の査定作業を専門的に行っている団体(あるいは代理店)は、ほとんどないのが現状です。結果として、査定作業は保険会社に「丸投げ」状態になっているのですが、責任の所在があいまいなまま、勤務医の過失割合が不当に高くなっていることがあります。

過失割合は20%を超えると「単純ミス」の範疇を超えて、大きな赤点と見なされます。医療訴訟に詳しい弁護士に相談して、保険会社と再交渉した結果、20%未満に下がったというケースもありますので、いざという時は弁護士に相談する必要性があることも頭の片隅に入れておくとよいでしょう。