医師の活躍の場は、病院以外にも製薬企業、保健所、老健、保険会社などがあります

医師の職場というと大学病院や総合病院(勤務医)、クリニック(開業医)を連想するかと思いますが、医師の活躍の場はこれらの代表的な職場以外にも、公衆衛生医、産業医、メディカルドクター、老健の施設長、保険会社の査定医(社医)などさまざまなものがあります。

勤務医のキャリア選択は多岐にわたる

公衆衛生医
主に全国の市区町村に存在する保健所に在籍し、医師としての知識や経験を活かして、地域保健医療を充実させるための計画立案、講演会、研修やアドバイスを行ったり、肺炎・結核・エイズなどの感染症の拡大防止、母子健康手帳の交付や相談といった保健対策、薬物乱用防止といった生活環境安全対策など地域に役立つ活動を行うのが、公衆衛生医の役割です。

臨床医の平均年収が1550万円くらいなのに対し、公衆衛生医の年収は1000〜1200万円とやや低くなりますが、医学部のカリキュラムには公衆衛生という科目が組み込まれており、地域貢献度の高い仕事ということもあり、公衆衛生医に興味を持つ若手医師や医学生は意外と多いものです。

公衆衛生医の募集は自治体が随時募集を行っており、公衆衛生の分野に関心がある医師は勿論、過酷な労働環境に疲弊した医師、育児の関係で一般の臨床医としてはワークライフバランスの実現が難しい女性医師に人気があります。

なお、国の医療制度の企画立案や公衆衛生行政に厚生労働省の医系技官として携わるのも、公衆衛生医の一種です。職場は地域の保健所と厚生労働省と大きく異なりますが、いずれも目の前の病気の患者さんを救うのではなく、国や地域社会の中でリーダーシップを発揮し、関係機関と調整を行うという点で共通しています。

産業医
企業で働く従業員の健康診断、メンタルヘルスの相談、復職の可否判断、職場巡視、職場環境の改善のアドバイス、業務に関する疾患の啓発活動などを行う医師のことを産業医といいます。不況によるリストラ、長時間労働、パワハラなどで、うつ病といったメンタルヘルスに不調を抱える社員が増加するなか、産業医の役割が注目されています。

従業員が50人以上いる職場は産業医を選任する必要が労働安全衛生法によって定められていますが、中小企業(従業員が50人以上999人以下)の場合は産業医が常勤でなくてもよいので、月1回程度の割合で職場巡視を行う嘱託勤務として働いている産業医も少なくありません。給与は都心の大企業で1000万円くらいです。専任の産業医は民間企業に籍を置くので、福利厚生や勤務時間なども一般の社員と同じです。

産業医になるには産業医科大学(福岡県北九州市)で専門教育を受けたり、日本医師会が行う研修の修了、国家資格の労働衛生コンサルタントの資格取得が必要となります。ワークライフバランスを重視したい医師に人気の産業医ですが、どの企業でもメンタルヘルスの対応が重要となっているため、精神保健指定医を取得している医師でないと今後は採用が厳しくなることが予測されます。

メディカルドクター
メディカルドクターとは製薬企業で働く医師のことです。高齢社会により生活習慣病、がんなどの患者さんが今後も増加することが確実な日本の製薬市場のシェア拡大を目指して、国内には多くの外資系製薬企業(ファイザー、アストラゼネカ、グラクソ・スミスクライン、ブリストルマイヤーズ、ロシュほか)が参入し、臨床開発、安全性情報、メディカルマーケティングの3部門で能力を発揮できる医師を積極採用しています。

臨床開発の部門のメディカルドクターは、新薬候補の臨床試験(治験)の企画立案、安全性・有効性に関するデータ収集、販売承認申請などの段階において、臨床の専門家としての立場からアドバイスを行います。

安全性情報の部門では、市販後の臨床現場での新薬の服用によって副作用や合併症が出た事例を分析し、それらが発生する仕組み、軽減するための方法を調べて、臨床開発部門にアドバイスを行います。

各製薬会社が近年力を入れている、メディカルマーケティング部門の医師は、新薬を開発する際にその分野の著名な医師や研究者と情報交換を行足り、臨床研究をサポートしたり、薬の販促について医師の視点からアドバイスを行います。

基本的にメディカルドクターは、週5日の勤務形態で、年収は1500〜2000万円くらいです。海外出張や本社とのメール・電話での連絡が頻繁にあるので英語力は必須ですし、学会や大学病院などの医師との情報交換や交流もあるため、高いコミュニケーション能力も求められます。

老健の施設長
介護保険が適用され、介護が必要な人を対象にリハビリを行って在宅復帰を目指す施設が、老健(介護老人保健施設)です。老健において入所者の健康管理を行う医師を施設長といいます。老健はその規模によって医師が常駐することが法律で義務付けられており、大半の施設では1名の常勤医がいますので、老健で働く医師のほとんどは施設長となります。

入所者は高齢者が中心ですので、なんらかの持病を複数抱えていることも少なくありませんが、在宅復帰を目指せる健康状態にあるため、基本的に容態は安定しており臨床医のように緊張感が連続することはありません。しかし、常勤医師が自分しかいない施設がほとんどですので、書類仕事に追われることもあります。

老健の施設長の年収は週5日勤務で1200万円あたりが相場です。体力的な理由から臨床現場の第一線から退いた60代、70代の医師が働いています。

保険会社の査定医
保険システムは、加入者の互助によって成り立っているため、既に重い病気を抱えている人が加入してしまうと、すぐに保険金や給付金の支払いが発生し、不公平が生じてしまいます。そこで主に大手の生命会社では、査定医(社医)を採用して、保険の契約希望者の健康状態を医師自らが見て、入会を許可できるか判断しています(診査)。

また、保険の契約希望者を直接見ることができない場合は、人間ドックの成績表、健康管理証明書などを見て、契約の妥当性をチェック(引受審査)したり、保険金や給付金の支払いが発生した時にその公平性をチェック(支払診査)して、担当者に医師の立場から助言を行います。

週5日勤務で年収は1200万円程度ですので、家庭と医師としての仕事を両立させたい30〜40代の女性医師に人気のある査定医ですが、臨床に比べてスキルアップの機会がなく、やりがいの面でも劣るとみられがちなので、若手の査定はまだまだ不足しています。